磁歪式 振動発電技術の実用化展開

筆者は,鉄系磁歪材料の特徴を効果的に利用する振動発電技術を開発した。現在,発電デバイスの基本構造を確立,従来の圧電素子,磁石可動型の課題を克服したことで,極めて実用的かつ,汎用性の高い技術になりつつある。

この技術にて,身近な振動や動き,衝撃,水の流れから発電が行え,その応用は多岐にわたる。少しの動きや振動があれば,照明,センシング情報を送信する無線システム,リモコンが電池不要で動作する。大型化にて,従来の風力発電や波力発電に代替する新しい再生可能エネルギーにもなりえる。

ここでは,磁歪式について,当該分野の技術者,研究者向けに解説する。具体的に,以下の項目である。

1. 必須となるデバイスの特性
2. 従来の技術と課題
3. 鉄ガリウム合金
4. 磁歪式デバイスの構造と原理,特徴
5. デバイスの試作,評価による裏付け
6. 大型化・量産の可能性
7. 効率よく電力を取り出す機械・電気のインターフェース
8. 電池がいらないメリット,振動発電の応用と実用化展開


1. 必須となるデバイスの特性

振動発電を実用化させる場合,そのコアとなる発電デバイスにおいては,以下のすべての特性を満たす必要がある。

1.変換効率が高い。機械系と電気系の結合度(力係数)が大きい。結果,入力の仕事率に対して発生する電力が大きくなる。力係数は,構造,電気機械結合係数(圧電材料,磁歪材料の場合),磁気回路に依存する。

2.感度(電力/加速度)が高い。一般の環境振動の周波数は20Hz,加速度は0.3G(1G=9.8m/s2)以下である。(元々機械はダンパなどで振動が抑制されている。)このため感度を上げるには環境振動のメインとなる周波数成分とデバイスの共振周波数を合わせ,その時のデバイスのQ値(振幅拡大率)を大きくする。デバイスの先端質量を大きくし,デバイスに大きな慣性力を作用させる。前者の場合,周波数帯域が狭くなり,環境振動もしくはデバイスの経年変化に対応できない。後者の場合,デバイスの質量(体積)が大きくなる。
3.出力インピーダンスが小さい。一般に大きな電力を供給できる電源は出力インピーダンスが小さい。同様に発電デバイスの出力インピーダンスも小さいことが,大きな発生電力を効率よく(マッチング)負荷に供給する上で望ましい。(大きな仕事を行う負荷は概して入力インピーダンスが小さい。)

4.耐久性が高い。大きな仕事率(力,速度or周波数)の振動を許容し,結果,大きな発電が行える。また環境振動は様々な周波数成分を含むことから,高周波数の振動や衝撃でも動作を担保しなければならない。

5.疲労強度が高い。10年以上の耐用年数を考慮すると,繰り返し回数100億回以上は必要である。

6.使用温度範囲は同箇所に実装される電子回路の耐熱温度,30℃~80℃を確保する。熱衝撃にも耐性を持つ。

7.整流回路のダイオード損失を考えると,3V程度の開放電圧が望まれる。ダイオードの順方向電圧降下VFは小さくとも0.2~0.3V,発生電圧が低い場合,このVF損失の割合が大きく,変換効率が低下する。

8.シンプルな構造である。材料から部品加工,組み立てまで簡単で安価にできる。量産にも対応可能である。

全てのデバイスの共通として,起電力は速度に比例し発生する。また,おおよその挙動はバネ-質量-ダンパの1自由度の振動系で考えられる。共振周波数で速度が最大,力率が最大になる。(この時,慣性力とバネの復元力の大きさが等しくその合力は零,加振力と速度は同位相になる)発電の原資となる仕事率は力×速度 [W]である。よって,大きな発電を行うには,基本,高周波数の振動を利用する,また作用力を大きくする。逆に低周波数の振動から電力を取り出すのは難しい。(極端な例として静止した物体から発電はできないことから想像できる。)

デバイスの構造をシンプルにする。耐久性が向上する。量産やコストにおいて優位になる。構造(内部損失)や摺動に起因する損失が低減する。なお変換効率において損失は無視できず,例えば固定端を介し周囲へ散逸するエネルギー損失(固定端損失)など十分対策をすべきである。

全体の効率を考慮すると,負荷モジュールの必要とする平均電力の最低でも10倍の発生電力を目標とすべきである。
モジュールの必要電力=入力の仕事率×デバイス(0.3)×整流・蓄電回路(0.8)×コンバータ(0.8)×環境振動の不確定さ(0.5)=0.096

Q値の大きいデバイスにおいては,振動数の変化やデバイス特性の温度,経年変化に対応できない。

MEMS技術で作製するデバイスについて,量産に適するが,発生電力は体積に比例すること留意すべきである。発生電力がnWオーダのデバイスにおいては蓄電ができない限り,電源としての実用性はない。

Q値の補足:機械系のQ値は振幅拡大率にて,共振時の速度=加振力/損失が大きいことを意味する。つまりQ値の大きいデバイスはそもそも損失が少なく機械的には優秀である。ただし変換効率が低ければ,帯域幅が狭い欠点はそのままである。このため力係数を大きくし,変換回路において機械系も考慮した整合をとる。これにて副次的な減衰効果が大きくなり,帯域幅が広がる。つまり高効率な発電と負荷での電力消費ができれば,振動減衰も大きくなる。


2. 従来の技術と課題

近年,環境発電の需要の高まりから,にわかに振動発電が注目されている。現在の主流は圧電素子と永久磁石可動型である。ただし,これらの技術は,特段新しいものではない
(実際,筆者も学生の頃から圧電素子の応用,特に振動制御や磁歪材料とのコンポジット,そのアクチュエータ,センサ応用,また電磁アクチュエータの研究開発に携わってきた。この分野を専門とする研究者と同等までは行かずとも,技術のおおよその内容は理解している。)
圧電素子については,高い感度を生かした加速度・力センサ,高周波の特性を利用した超音波素子,高い変位分解能を生かした精密位置決めアクチュエータなど,多方面で実用化されている。電磁アクチュエータについても一般的に普及した技術である。

ただし,振動発電への応用を考えると,概して以下の課題がある。

圧電素子:片持ちのバイモルフもしくはユニモルフで利用する。シンプルな構造にてQ値が大きい(共振周波数にて振幅が大きくなる)。ただしトレードオフにて帯域幅は狭い。発生電圧が高いのが長所だが,電気的に容量性(キャパシタ)で,低周波数にて出力インピーダンスが大きい。よって,これと整合する負荷のインピーダンスも大きく(k, MΩ),実用的な電力を取り出すのが難しい。圧電横効果を利用し,変換効率は主に圧電横係数(縦係数の半分)に依存する。電気機械結合係数は0.3~0.4程度である。セラミックの場合,脆性材料にて引張りや衝撃に弱い。よって亀裂が発生すると,その進展は早く性能は急激に劣化する。また積層構造については大型化,高出力化が難しい(接合層が剥離しやすい)。湿気に弱いためコーティングが必要である。

PVDFについて,ビニルにて柔軟性があり耐久性は高い。一方,圧電定数が小さく変換効率は低い。さらに柔軟な構造体においては,共振周波数が低く,取り出せる電力は小さい。また変形が一様でない場合,発生電圧(電界)は部分的に異なり,その足し合わせの電圧は低くなる。

磁石可動型:コイル中,磁石が運動することで起電力が発生する。ファラデーの電磁誘導を利用し,その発電原理は理解しやすい。電圧は鎖交磁束の時間変化に比例し,高出力化のためには速度を大きくする,またコイルの巻き数を増加する。前者のため振幅拡大機構(バネ)を磁石に取り付け振動系を構成する。ストロークも必要にて,復元力を生じるバネとの兼ね合いから共振周波数は10 Hz以下と思われる。振幅拡大率(Q値)を大きくすると帯域幅は狭くなる。磁石が発生する磁束は,磁性体で磁気回路を構成しない場合,その磁束密度は0.3 T程度にて,これが近傍のコイルに鎖交する。よって効率は低い。磁気回路を構成すると1 T以上の変化幅で磁束を変化させることも可能と思われるが,そのために空隙を構成,ここに磁束を集中させ場合,ストロークは短くなる。吸引力(ディテント力)が発生するため可動子のガイドが必要で,これは効率を低減する摩擦損を引き起こす。

エレクトレット:MEMS技術で作製されるため量産に有利である。近年,永久電荷の高密度実装技術が進展し,単位体積あたりの出力も向上しているようである。ただし大型化は難しいと思われる。また基本的に構造がキャパシタに類似しており容量性でインピーダンスが大きい。また可動部がデバイスに内装されるため錘の付加ができず共振周波数の変更(外部からの調整)が難しい。保持電荷の経年変化,バネや摺動部の耐久性,これらで決定される疲労強度については不明である。

超磁歪材料式:超磁歪材料(Tb-Dy-Fe合金)の逆磁歪効果を利用する。コイルを巻いた棒状の超磁歪材料の軸方向に圧縮力の加え,これで変化する磁化の時間変化率に比例しコイルに起電力が発生する。材料自体の電気機械結合係数が大きいため変換効率は高い。ただしデバイスの共振周波数が高く環境振動とマッチしない。(逆に衝撃力を与えると高い電圧が発生する。)超磁歪材料は脆性材料で引張り強度が低いため,圧縮力下で利用しなければならない。そのためデバイスは予圧縮機構を伴い,構造が煩雑になる。また圧縮応力の付与には,大きな軸力が必要で,かつそれを一様にするには構造的な工夫が必要である。


3.鉄ガリウム合金

提案する技術は「鉄系」の磁歪材料を利用する。この代表的な材料が鉄-ガリウム合金である。これは米国海軍研究所磁性材料部門で開発され,2000年に論文が発表されている。磁歪特性は鉄とガリウムの比率で変化し,ガリウム含有量18.4%または18.6%にて磁歪がピークをとることが報告されている。(よく"Galfenol"と呼ばれるが,これは海軍研究所が命名した材料の名称である。)磁歪(最大歪み)はおおよそ200ppm~300ppmにて,これは組成,製法(単,多結晶),結晶粒,方位の均一性,後処理(熱処理)などに依存する。
材料の供給(販売)は米国のETREMA社で行われている。日本でも東北大学や福田結晶技術研究所をはじめ,複数の大学や企業にて量産,商品化に向けた研究開発が行われている。この合金について,コストは別に,振動発電(逆のアクチュエータ)用の材料として非常に優れた特徴を有する。

1. 逆磁歪効果が大きい。逆磁歪効果とは適度に磁化させた材料に応力を加えるとその磁化が変化する効果である。磁束密度の変化は簡単にB=dTで与えられる。(d:磁歪定数,T:応力)この合金のd(=20×10^-9 [m/A])は大きく,例えば25MPaの応力付加で0.5Tの磁束密度変化が発生する。つまり材料に±25MPaの応力を与えることができれば1Tの幅で磁束密度が変化する。(後述するデバイスにおいては,平行梁構造にて,この応力を小さな力で効率よく材料に与える。)エネルギー変換の指標となる電気機械結合係数はおおよそ0.7~0.8にて,1サイクルにて機械エネルギーの最大64%(=0.8^2)が電気エネルギーに変換される。ここに記載した値はおおよその目安(文献値)である。

2. 延性材料である。よって加工性がよく,引張り強度も高い。例えば材料の加工法に,切削,研削,放電加工が利用でき,鉄と同等の扱いである。(圧延については現在,研究中である。)材料の接合に溶接が利用できる。結果,合金とこれに接合する部材(ステンレスヨーク)で強固な構造体ができ,これが容易に作製できる。量産にも適する。そして強度が高いため,外力に曲げや引張り,衝撃が許容できる。これは脆性材料である圧電材料や超磁歪材料に対する大きな優位性である。

3. 適度な剛性および透磁率を有する。密度は7.8g/cm^3(鉄と同程度),縦弾性係数は60~70GPa(アルミと同程度), 熱膨張係数は鉄と同程度である。比透磁率は,応力や磁界で変化し,おおよそ75~200程度,飽和磁束密度は1.5~1.7Tである

4. 錆について,一般的な鉄鋼より錆は発生しくい。問題になる場合,コーティング等の表面処理で対応する。

5. 材料コストは,主にガリウムの材料単価,製法,その後の後処理(形状加工)で決定される。体積が小さい場合,材料単価はほとんど無視できる。


4. 磁歪式振動発電デバイス,構成と原理

デバイスは平行梁を基本にする。梁の一本は磁歪素子,もう一本は磁性体とする。これらの梁を適度な隙間を空け平行に並ばせ,その両端を磁性体(可動部,固定部)に強固に接合する。磁歪素子にはコイルが巻いてあり,その層厚は隙間と同じとする。可動部は適度に長く,また梁の材質(縦弾性係数,密度),形状(厚さ,空隙),透磁率は適度に設定する。この平行梁の側面には磁歪素子を適度に磁化させるバイアス用磁石を配置する。シンプルかつ耐久性を高めるよう磁性体,梁,可動部,固定部は一体で形成する。

このデバイスの大きな特徴は平行梁である。振動源による加振力の方向が,平行梁の長手方向と「垂直」である点にて,従来の超磁歪式と大きく異なる。

発電原理を説明する。デバイスは基本的に片持ちで利用する。具体的に,平行梁の梁の並びと加振力の方向を同じとし,可動部が振れるよう,片持ちにて固定部を振動源に固定する。このとき,質量を有する可動部には加速度に比例した慣性力(Fm)が作用し,この曲げモーメントにてデバイスは湾曲する。同時に,平行梁にて磁歪素子内部には一様な引張りもしくは圧縮の応力が交番状に発生する。このとき素子内の磁束は逆磁歪効果により増減する。この磁束の時間変化とコイルの巻き数を乗じた電圧がコイルに発生する。


5. 特徴,他の技術に対する優位性

平行梁を構成した効果は以下である。

(1) 平行梁の中立軸(応力が零となる)を磁歪素子外に存在させることで,素子内の応力の方向が一様,かつその大きさがほぼ均一になる。これにて一様な磁束変化が素子全体で発生する。

(2) 平行梁のてこの原理にて,慣性力Fmが”20倍”以上に拡大され,素子に付加される。つまり小さな力で大きな応力変化が素子内に発生する。
これは加振力を軸力で作用させる超磁歪式と大きく異なる点である。例えば,素子の断面積を1mm^3と仮定する。これに20MPaの応力を発生させるには,20N(=2kgf)の軸力が必要である。一方,平行梁を構成すると1/20の1Nで十分である。さらに前者の場合,経験上,一様な応力を発生させるのは案外難しい。(軸力を端部に均一に作用,その方向も素子長手方向と完全に一致させる。そうしないと屈曲変形が生じる。)一方,平行梁は,所望の形状に湾曲しやすい性質を有し,力の方向が多少ずれてもよい。

(3) この平行梁は磁気回路の役割を担う。素子と両端の磁性体,他方の磁性体の梁にて閉磁気回路が構成される。磁気バイアスが効果的に素子に付与され,また逆磁歪効果で変化した磁束がこの磁路を環流する。つまり全体の磁気抵抗が小さくなることで,磁束が構造体内に集中,その変化も効率よく発生する。

(4) 平行梁部の空隙にコイルを配置することができる。素子の磁束変化が効果的にコイルに鎖交し,起電力が発生する。

(5) 構造がシンプルである。

以上が平行梁のメリットである。この原理が機能するには,素子が”延性材料”であることを前提とする。なぜなら素子には引張り応力が作用するからである。よってFe-Ga合金が望まれる。

補足:磁歪素子を用いた従来方式が,当技術と異なる点,課題を以下に説明する。
超磁歪式:加振力を軸力として磁歪素子に作用させる。素子は一般にTb-Dy-Fe合金。予圧縮機構が必要。これが棒状でヨークを兼用し,見方によって素子と平行梁を構成していると指摘されるが,この役割は磁気回路のみである。バイアス用磁石(磁気抵抗が大きい)を素子とヨーク内,直列に配置するため,効率的な磁気回路が構成できない。構成が煩雑。共振周波数が高い。
非磁性体とのユニモルフ:屈曲変形を利用し,加振力と素子の応力方向が垂直である点で類似する。中立軸を非磁性層に存在させる条件で,素子の応力分布は厚み方向で傾斜。コイルを全体に巻くため非磁性の厚み分,抵抗が大きくなる。効率のよい磁気回路が構成できない。

他の発電技術に対する優位性は以下である。1の必須となるデバイスの特性のほぼすべてを満たす。また従来技術にないメリットを有する。

(i) 変換効率が高い。Fe-Ga合金の最も効率よい方向の逆磁歪効果を利用する。平行梁の効果にて,小さな加振力で,素子全体の磁束が最大1Tの幅で変化,これがコイルに鎖交し,起電力が発生する。つまり振動の仕事を効率よく電力に変換する。

(ii) 発電部が鉄系の構造体,かつシンプルな形状にて,作製が容易かつ強度が高い。大きな外力(仕事率)を許容し,これを高効率で電力に変換する。摺動部が存在しないため,損失が低く,繰り返し強度も高い。

(iii) 出力インピーダンスは誘導性で小さい。大きさは主にコイルの抵抗で依存する。電源として電力を取り出しやすい。発生電圧はコイルの巻き数で調整が可能にて,電力は整流,蓄電できる。扱いは一般的な回転機と同様である。

(iv) 共振周波数が高い。これは構造体に起因し,つまり高周波数の振動を発電に利用できる。また可動部の形状や錘等の付加にて共振周波数の調整も容易である。

(v) 耐熱性が高い。Fe-Ga合意金のキュリー温度は800度と高く,基本的に使用温度範囲は構成部品(磁石,コイル)の仕様で決定される。Fe-Ga合金と磁性体の熱膨張係数は同程度にて,熱衝撃による劣化は小さいと予想される。

(vi) 構造体である。固定部,可動部の構成や形状の自由度が高く,例えば構造体に組み込むことも可能である。振動源や構造体との機械的なインピーダンスをマッチさせる,そのためのインターフェースを形成することで,効果的に振動のエネルギーを発電部に伝達することができる。


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